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有りの侭

好きなことをやるor得意なことをやる論について

(長めの記事です)

 

前々回,サマーインターン統括記事を挙げたが改めて全部書くのは面倒なので気が向いたら書く

 

 今日、fbでこんな記事が流れてきたので

 

実は「好きなこと」よりも「得意なこと」をするほうが、ずっと人生は楽しい。 | Books&Apps

 

好きなことをやればいいのか,得意なことをやればいいのか問題であるについて大学院に進学してから経験したことを絡めながら記憶を整理する



 

 

これは一概にどっちが良い悪いって二元論的に断言するのは難しいが

自分なりにこの話題で思うのは以下の点だ。色々と経験する内に腹落ちしている感覚なのかな?独り言気分で色々とブツブツ書いてみる

 

《自分の言い分》

1.人間,自由自由言いながら,確実にあるフィールドで生きている

2.本当にやりたいことはお金を払ってでもやりたいこと

3.やりたいことは「腰を上げていざやろう!」と思わなくても勝手にやっている

4.得意なことを伸ばすのは楽しい

5.逆を言えば人を成長させる伸ばすときは得意なところに目をかける

6.その上での自分が考える会社選びって

 

なんとも長くなりそうなエントリー。思うことを書くのも大変や

最後に古賀洋吉さんの自分が一生やりたい仕事ってなんだろう?というエントリーを抜粋した。そこだけ読むだけでも価値があると思うので是非。

私は大学3年秋にこの記事を読んで、ものすごく興奮したのを覚えている。人生の先輩に色々と教わるのはいいことだなと 。

 

 

1.人間,自由自由言いながら,確実にあるフィールドで生きている

HCI(Human Computer Interaction)ならどの研究をしても良いという本当に自由闊達な研究室を選んだ。研究室内には、VR・ARを研究している人もいれば、自然言語処理系(AIらへん)、音声・画像認識とか5感インターフェイスを研究している人もいる。とにかく自由だ。何の研究をやってもいい。てめえに何ができるんだ?何がしたいんだ?何をしないといけないんだ?そんな議論が飛び交う。レールの敷かれた学校教育とはかけ離れていて自分の脳みそ勝負な世界に身を置いた。だからこそ今まで楽して生きてきた自分は辛かったし、入学したばっかりの4月はその環境が本当に悔しくて。何もできることがないから。大学時代の友達に会った時は愚痴をこぼして一瞬で潰れた。何とも情けない奴だなって思われただろう。

 

ただ、前期色々悩んだが、何かに所属している時点で、そこのフィールドで成果を出さないといけないんだ。研究のアウトプットは色々ある。

 

論文、特許、デモ、オープンソース、動画、展示会、API公開

 

ただ往往にしてアカデミアに身を置いて研究をするならば第一優先されるのは特許でもなければデモでもオープンソースでも展示会でもない。

 

お前の研究は学術的にどう貢献したのか?

 

たったその一言に尽きる。 

 

どう学術的に貢献したか?

 

学術的に、という言葉。これは研究というのが過去から脈々と受け継がれてきた財産である事の敬意としても受け取られる。過去の先輩の業績に感謝しつつも更にアカデミアに一石を投じろと。しかも論文が学会で通りやすい尺度も明確に決まっている。

 

新規性・有用性・実現性

 

の三点である。

こういう研究をしたいと言っても結局アカデミアにいる限りはこの3点がより明確に浮き彫りになる研究が相応しくそういう研究論文が国際学会にバンバン通る。

自由というのは、フィールドのルールに則った自由なんだなと痛感している最近である。

 

企業に入っても同じ事が言えるんじゃないだろーか。裁量権を与えてくれて自由に働けるからうちにおいで。麻薬みてえな言葉だ。恐らく、自由って言っても、会社の事業範囲内または会社ビジョンの範囲内での事だろう。それに反した自由な行動は律され、淘汰される

 

それでもおれは断言したい。

ルールをわきまえつつも、結果を出す。

最近はその辺の割り切りがようやく出来てきて、明文化されてないフィールドでどう暴れようかな?と決意が固まってきたのでそれもまた良い感じだと勝手に思っているのである。若気の至りと思われても全然結構。フレームワークは理解したのでそれを抑えつつ、結果を出す。

 

親父は背中で示せ

 

目指すのはそんな感じなのかな?

 

2.本当にやりたいことはお金を払ってでもやりたいこと

 

芦名さんの価値観が憑依した考え方

あの人はいま講演会を無料でやっている。本当にやりたい事って、お金を払ってでもやりたい事。例えば教育関係で子供に教えたい、先生になりたいって人は別に職業として教師を選ばなくても良い。月から金まで働いて、土日に無料で寺子屋でも開けばいい。絶対そっちの方が楽しいし、やり甲斐があると思う。

そう考えると、やりたいことは職業にしなくても良いのではないかと。お金を稼ぐ手段として企業に勤めて、やりたい事はお金を払ってでもやる。その方がピュアな心で人生楽しめるんじゃないかな?って思った次第だった

 

おれの本当にやりたい事ってなんだろうね。そこはまだまだ絶賛模索中です。

 

3.やりたいことは「腰を上げていざやろう!」と思わなくても勝手にやっている

 

例えば本当に写真を撮るのが好きな人は、勝手に写真を撮ってるだろう。

例えば絵を描く人は、息を吸うように絵を描いているだろう。

 

はい、この理論です。

自分が大学院で研究テーマを考える際に、自分の好きな事やりたい事をテーマに選定しようって最初はずっと考えてた。

でもそれって多分違う。研究は研究で、やりたいことはやりたい事。抽象的な部分は説明しづらいけど、いまは自分の中では割り切れている。

 

研究は、決められたルールの元で暴れる

やりたい事は、自由な時間で勝手に好き勝手やる

 

やりたいことのアウトプットが目に見えるカタチで出たらまた楽しいのかなと思うと、あと1年ちょっとで大学院生活は終わるけど頑張りたいなと思ってるぜ

 

4.得意なことを伸ばすのは楽しい

5.逆を言えば人を成長させる伸ばすときは得意なところに目をかける

 

 これはリクルートホールディングスの浅岡さんの考え方。もう、これはモテる男の共通点だわ笑

本当にモテる男は褒めるのがマジでうまい。相手の長所を見抜いて、相手の言動に対して剣を抜くようにサラッとスルッと合わせ打ちをかます。合気道みたいでもあるよね。

大学院入って知り合ったメンツでは、ケンがずば抜けて上手いな〜。浅岡さん、浅井さん、田中さんとか何人か褒めるのが自然で心地よい人が思い浮かぶけど、そういう人は本当に魅力的な人が多い

恐らく、褒めようとする意識はなくて相手の長所を見ようと心から思ってるんだろーなー

この辺は日々、勉強したいと思ってる

 

6.その上での自分が考える会社選びって

 

 うーん、正直まだわからないのが率直な心の内かな〜。

 

おれは何が得意なのか?何に成りたいのか?どう死にたいのか?どういう生き様がカッコいいのか?

 

とかふんわり見えつつも、全然見えない。すっごい矛盾してるけど笑

ある時は見えそうになって、またすぐ見えなくなる。まあこんな若造が人生わかってたような感じ出してたらきもいしうざいか。

しっかり考え抜いて、どう成りたいのか、を突き詰めていこうと思っている

 

最近

企業は金を稼ぐための手段でしかないのかな?とか思ってきていてそう考えると、高給なところに勤めて後はやりたい事は別でやる

ってのが良いのかなとか思ったり。まあ思考はすぐ変化するので、しっかりとした自分なりの意見を持ちつつ社会人や尊敬できる人にぶつけて考えをブラッシュアップしていければなと思ってます  

 

 

長くなったけど、この辺で。

(下の記事は、読むと思考が深まると思う)

 

 

抜粋):愛の日記 @ Drivemode | 自分が一生やりたい仕事

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先日、学生さんに「これが自分のやりたい仕事なのかわからない」という話をされた。でも、学生時代は、そういうものじゃない?全然、心配ないと思うなあ。

考えようによっちゃあ、たとえ新卒の大学生が「自分が一生やりたい仕事が見つかった」と言ったとしても、それは離乳食が終わったばかりの2歳児が「カレーの王子様は世界で一番おいしい食べ物である」というのと同じぐらいかわいい話かもしれないよ。それぐらい、普通は、「知っている選択肢の幅が極めて狭い時点でベストな選択肢を見つける」のはとても難しいものだと思う。

というのも、僕が新卒の時を思い出すと、そもそも世の中にどんな仕事があるのかも全然知らなかった。とりあえずいろんな事をやりながら、たまたま学生時代に働いてたベンチャー界隈が戦略コンサルティングやってた人ばっかりだったから、他に何があるのか知らなかっただけだった。まあ面接では知ったような事を言ったが、カレーの王子様レベルだったと思う。

その後社会に出て数年後、多くの人と交流するようになって初めて、世の中にどんな仕事があるのかが「実感として」わかるようになってきたし、学生時点の圧倒的な見識不足と世間知らずっぷりの中では、フィットした仕事を見つけるなんて、どう考えても無理だったことがわかってきた。

そもそも、ふつーに学力に合わせて高校や大学を選んできただけの学生時代の僕は、「無限の選択肢の中で、自分の人生に関して意思決定をする」という経験がなかった。こんな難しいことを、経験も必要な教育もない状態で、トツゼンやれって言われても普通は厳しいでしょう。

社会人だって難しいというのに、大学生や高校生の時点で、ずっとやりたい仕事が見つけるなんて、よほどの天才か何かじゃない限り、ほとんどの人には無理だと思うんだよね。そもそも、やりたい事がいきなり出来る才能があり、かつ実際にやってみても「やりたい」と思い続ける事ができるとしたら、相当ラッキーだと思う。ま、ぶっちゃけ普通は、気の迷いか、親に言われて適当に決めたとか、当時わかる範囲で決めちゃったとか、常人に関してはその程度の話が普通だと思う。

そもそも、一生やりたい仕事なんて、僕は今もわからない。成長するまで価値が見えてこない新しい世界というものがあるのだから、成長し続ける限りはどんどん可能性が広がり続け、新しい魅力的な選択肢について学んでしまう。そして、知っている仕事の種類も、世界が広がるにつれて、今後とも増えていく。そして、世界は想像以上に広い。

だから、僕の場合は、新しい発見の中で、死ぬまで自分の「その時点で知っている限りでの」ベストを探し続けていくしかないと思ってる。「今やっている仕事だけが全て」って思うと、新しいチャンスを見逃してしまうし、概してチャンスというものは、成長してからじゃないとやってこないし見えてこない事が多い。

だから、それなりにやりたい仕事をやるということ自体はできたとしても、そこで立ち止まらず、「もっとやりたい仕事は無いのか?」、という問いに、これからも、ゆっくりと、いつも悩んでいたい。

それから、人というのは、色々な人に出会ったり、色んな新しい事をやってみることで、自分のことがわかるようになる。「自己分析」なんて、内部を考えてわかるものだけじゃなくて、社会人として歩み続ける中で、外部からの刺激で少しずつ深まっていくものなんだと思う。新卒時の浅い自己分析が面接にどう役に立つかなど、まあ細かい話なんじゃないかな。

それに、目の前のことをがんばって、オープンな気持ちで学び続け、それで新しい挑戦に常に興味を持ち続けていれば、自然に次のドアが目の前に現れるものじゃないかな。現れなければ、それまでかもしれないし、それはそれでいいんじゃない?やりたいことがないなら、それはそれで重要な発見だと思うし。しょせん仕事だし。

だから、まだわからないなら、あせらず、ゆっくり時間をかけていけばいいよ。そもそも、「やりたいことがみつからない」なんて、大した悩みじゃないし。「プレステ買ったんだけど、やりたいゲームがない」って、相談されても、別に困ってないじゃん、って思う。それと一緒。困っているって言うのは、「やりたいことがあるのに、できない」って時じゃないかなあ。

ただね、「足るを知れ」なんて言葉と共に、よりよい人生を模索する努力をやめて、「今やっていることで幸せなんだ」と自己洗脳してしまえば、そこで終わりなんだ。新しいドアが現れても、自分で目を背けてしまう。だから、ぼくはそこはちゃんと考えて生きていきたい。大人ぶって、楽しい人生を諦めるなんて、僕は嫌だなー。

まあ、人それぞれ考えはあるだろうけど、僕個人はそういう風に考えている。人生、そんなに一発勝負じゃないよ。まして、まだスタートラインに立ったぐらいの時点でそんなに焦る必要はないんじゃない?

(しかし、ナメちゃいけないけどね。スタートラインは決めりゃすむが、社会人生活ってのは、始まってからの成長と実績との長期的な戦いなんだ。いうなれば、就職活動は、「受験」ではなく、「予備校の選択」にすぎない。「気に入った予備校に入ったからTOEIC満点確実!」なんて話はないわけで、どんな環境にいようと、入った後の成長と実績だけが自分らしい道を作っていくということを忘れないでいたい。)

てなわけで、まずはやってみて、ゆっくり自然体で悩み続けていけば、それでいいと思ってます。


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終わり